なぜ、ぴろちはヨンパーが好きなのか?
なぜ、ぴろちはヨンパーが好きなのか?
十数年前、私の父が撮影してくれた私です。
このホームページを御覧頂いている皆様にとって、私がなぜ485系にこだわるか疑問に思われ
たり、「単に北陸に住んでいるから485系しか知らないのでは?」と思われる方もおられるかも
しれませんが、そんな単純な理由ではないのです。
このコーナーでは、私と485系との想い出を紹介することで、私の485系へのこだわりが皆
様に少しでも理解して頂けたらいいな...と思い開設した自己満足のページです。
よろしければお読み下さいませ。
私は富山県生まれながら、父の勤務先の都合で大阪で暮らしていました。 私が1年の中で一番
楽しみにしていたのが、夏休みに高岡の田舎に帰省することでした。 と言うよりも帰省するとき
に「特急雷鳥号」に乗れることが楽しみで仕方ありませんでした。
家族で雷鳥号に乗ると、私は必ず窓側に座わり、流れ行く車窓を楽しんでいました。 特急なら
ではの、いつドアが閉まったのかわからなく、いつの間にか走行しはじめるあの感覚が好きでした。
必ず車内販売のアイスクリームを買ってもらい、それを食べ、列車が金沢を出て空いてくると車
内探検が親に許可され、先頭車から最後尾まで一往復していました。 グリーン車,食堂車を通り、
洗面所で冷却飲料水を飲んで、紙コップを沢山ポケットにしのばせて...
雷鳥に「和風車だんらん」が連結されると、私は帰省のたびに父に「だんらんに乗りたい!」と
訴えていましたが、「グリーン車はぜいたくだ」といつも言われ、結局いつも普通車指定席でした。
そして時は流れ、浪人時代に金沢工業大学の入学試験の日、試験会場は大阪にあったので金沢ま
で行きませんでしたが、試験日の朝、ポケットに使用済みの大阪から金沢までの雷鳥号の指定席特
急券をお守り代わりに入れ、大阪駅で金沢行きの雷鳥号を祈りながら見送ってから試験に挑んだと
ころ合格できました。 5校受験したうち第一希望のここにだけに合格しました。 これも485
系が応援してくれたからなのかな?
金沢での学生生活がはじまり、入学した4月になにげなくバイト雑誌をめくっていると、車内販
売員の募集広告が目にとまりました。 「雷鳥号・白山号・かがやき号・しらさぎ号があなたを待
っております!」との文字が私の車内販売員への道を決定させました。
車内販売の話はいづれどこかで書くことにし、このアルバイトで5年間、どれだけ485系に乗
ったことでしょうか。 乗れば乗るほど好きになっていきました。
そして今、よく写真を撮影するようになりました。 新型車両は目にとまらず、ひたすら485
系を追い続けています。 今日も私はファインダーに写る少々疲れたようにも見える485系を眺
めながら、いろんな想いを胸にシャッターを切ります。
お読み頂き、どうもありがとうございました。
ご感想など頂けましたら励みになりますので、何かございましたらぜひお願いいたします。
また、皆様の485系への想いを「485系の広場」にぜひ御投稿下さいませ。 お願いします。
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